CEO・COOメッセージ

2023年度の振り返りと今後の見通し

中期経営計画の折り返し地点がエポックメーキングな年に

2023年度業績では、売上収益が5,000億円を超えました。これは創業以来初めてのことで、まさに一つの節目を迎えることができたといえるでしょう。また、営業利益は1,599億円、当期利益も1,280億円で過去最高となりました。増収は9期連続、増益は6期連続の達成であり、業績は堅調に推移しているとみています。なかでも、我々が一番のメルクマールとしている研究開発投資額が初めて1,000億円を超えたことは、意義のあることだと捉えています。2031年度をゴールとした中期経営計画では年間2,000億円の研究開発費を毎年投資することを目標としており、そのためには逆算すると売上収益が1兆円レベルに達している必要があります。2017年度から始まり、2031年度をゴールとする15年間の中期経営計画において、目標の中間地点に到達したところで前半を終えたと評価しています。
2024年度の業績見通しについては、薬価改定やロイヤルティ収入の減少、特許関連訴訟の和解に伴う一時金収入の反動などで、減収減益を見込んでいます。しかし、引き続き1,000億円超の研究開発投資を行うとともに、「製品価値最大化」に着実に取り組みながら厳しい時期を乗り越え、さらなる成長に向けた道のりを歩んでいきます。

厳しさを増す環境を逆手に変化へ対応

製薬業界を取り巻く環境は厳しさを増しています。世界の製薬会社やバイオベンチャー企業が長きにわたり、さまざまな病気に対する創薬に取り組んできたことで、アンメットメディカルニーズが残された分野はどんどん狭まっています。残された領域は難度の高い疾患の治療薬であり、創薬の難度自体が高くなっていることに加え、一つひとつの薬の創製にかかるコストは年々上昇し、新薬づくりのハードルが非常に高くなっています。さらに、経済的な影響として、薬価制度による薬価の引き下げが挙げられます。このように、製薬業界は極めて困難な条件のもと、新薬づくりに取り組んでいかなければならない環境にあります。しかし、こうした状況は現中期経営計画の策定時に予測していました。環境変化が激しい時代だからこそ、私たちの存在意義、つまり何のために事業を行っているかといった原点に立ち返ることが重要です。そして、どのような環境の変化があろうと、私たちは患者さん本位を根本に据えて事業活動を行っていくことに変わりはありません。嘆くばかりではなく、逆にそうした状況を利用して、患者さんにどのように価値を提供できるかを考え、来るべき大きな変化に対応していくべきであると考えています。

「グローバルスペシャリティファーマ」の達成にむけて

当社が掲げる長期ビジョンは「グローバルスペシャリティファーマ」として、革新的な新薬を世界中に届けることです。達成の前提条件としては、まずはパイプラインを充実させ、新薬候補化合物を豊富に持つこと。これらがあってこそ、革新的な新薬を継続的に生み出すことが可能になります。
もう一つの前提条件は、グローバル展開の加速です。当社は現在、主に日本で事業を展開し、韓国・台湾で自社販売を行っていますが、さらに米国・欧州における自販体制の構築を目指しています。そのために、研究開発段階ではオープンイノベーションを活性化させることが、そして、経営陣は研究をサポートするべく、パイプライン充実化に向けた化合物・医薬品の導入や、M&Aの実施などが必要になってきます。
今、米国のバイオベンチャー企業の数は5,000社ほどですが、毎年2,000社が生まれ、2,000社が潰れると言われるほど新陳代謝が激しい状況です。当社ではM&Aに関して、事業戦略本部のほか米国に常駐するチームが、米国を中心に世界のベンチャー企業や化合物を常に探索しています。また、カリフォルニア州に設立したコーポレートベンチャーキャピタルファンド、Ono Venture Investment Fund I, L.P.を運営するチームも別個に探索を行っています。

2024年6月に買収した米国のDeciphera Pharmaceuticals社(以下、Deciphera 社)は、有望なパイプラインに加えて自社の販売組織を持っている点に着目し、数年前から動向を注視してきました。約1年前から具体的な候補としてリストアップし、交渉入りから1~2か月でデューデリジェンスを実施しましたが、同社の動向を数年間にわたり見てきたことから、短期間で適切な判断ができたと考えています。Deciphera社は現在、新薬QINLOCKの効能追加のほか、別の化合物でも申請、承認、販売を見据えており、当社もONO‐4059(ベレキシブル錠)の開発をはじめとするプロジェクトを進行中のため、目前の課題に集中するべく、当面はある程度の独立性を保ちながら事業運営を行っていきます。

グローバル展開の鍵は人財戦略

全社を挙げて取り組んでいるグローバル展開の推進にとって、最も重要な位置を占めるのが人財戦略です。進出する海外の国や地域ごとの法規制への対応は、当社がまだ熟練していない領域です。ここに十分なスキルと経験を持つ人財を確保するには、化合物と同様に、社内での育成とともに、外部からも獲得しなければなりません。特に、米国で意欲的かつ優秀なローカルスタッフの採用が急務であるものの、当社は知名度の点で米国の大手製薬会社より低いため、現地の担当者はさまざまな媒体に採用広告を出稿するなど、苦労しながら進めています。また、一人でも多く優秀な人財を獲得するため、米国子会社のONO PHARMA USA,INC.のオフィスを、ヘルスケア領域の人財が豊富なボストンへ移転しました。販売やメディカルなど、自販体制を確立するうえで必要となる職種の採用が進み、現在は徐々に一定水準以上の人財を採用できるようになってきました。一方で米国では3年程度で転職するという意識が一般的であり、人財をいかに定着させるかも課題となっています。一つの薬をつくるには10年以上かかり、3年で人が入れ替わることは人財戦略上も不都合が多く、課題の克服に向けて取り組みを進めています。

成長戦略の実現が人財確保・育成につながる

当社は、若手・キャリア入社・女性の3つを柱に管理職の多様化を進めており、管理職へ若手を抜擢するために年功序列を一部廃止しました。また、キャリア入社の管理職も増加しています。一方、当社はかつて女性の採用が少なく、幹部職員に適した年齢の女性が非常に少ないという事情もあり、女性については対応が遅れています。女性管理職比率は現在5.8%であり、この数字を2026年度に10%、中期経営計画最終年の2031年度には20%にまで引き上げるという目標を掲げています。女性の採用を増やしており、40歳までの年齢層においては、今いる人財が研修プログラムを着実に履修し、順調に成長していけば、2031年度には20%を達成できるものと見込んでいます。能力開発や若手の抜擢を実現するためのさまざまな研修プログラムのほか、希望者は他部署の業務を兼務できる社内チャレンジジョブ制度など、多様な視点を養うための育成制度を整備しています。また、ベンチャー企業への1年間の出向や海外赴任など、座学のみでなく、実地での経験を積むための機会も設けています。今後、働く世代がますます減少していくなかで、給与面での優位性はもちろん、この会社に来れば魅力的な仕事ができるということを発信できなければ、優秀な人財どころか、運営していくうえで最低限の人員さえ揃えられない時代が目前に迫っています。社員のチャレンジを後押しして成長の機会を設け、多様性を持った仲間が活き活きと仕事をしている環境を実現し、中期経営計画の目標を達成して収益を上げ、社員への還元もしっかり行っている会社であることは、この先の人財の確保・育成にもつながっていくと考えています。

代表取締役3人体制で力強く成長を推進

2024年度から、滝野社長、辻中副社長、会長である私の3人が代表権を持つ経営体制へと変革しました。中期経営計画の折り返し地点を迎え、今後はオプジーボも含め、さまざまな製品の特許切れが始まるため、前半の順調な推移に比べて、後半は厳しい事業環境が予想されます。これらの課題は、グローバル展開の強化を実現しなければ乗り切れません。こうした事情から、これまでは1気筒だったエンジンを3気筒にすれば、より力強く経営計画を推進していけるのではないかと考えた結果が、代表取締役3人体制でした。
実は、私が社長に就任した2008年も今と少し状況が似ていて、3~4年先には販売している医薬品のうち、金額ベースで90%の製品において特許切れを迎えるという状況でした。研究所にも発売間近な製品候補がなかったため、外部から導入する以外に手がなく、事業開発部には3年以内に上市できる化合物を3つ取ってくれと頼み込み、私も世界中、新薬候補を探し回りました。そのとき一緒に駆けずり回ったのが今の滝野社長です。結局、3年以内には間に合いませんでしたが、5~7年後にはかなりの数の化合物を獲得できました。そして、当初は海のものとも山のものともつかないと思われていたオプジーボが、社長就任6年後の2014年に成功したのです。危機的状況から始まって、皆で力を合わせて汗をかいているうちに、オプジーボが成功できたという15年間でした。
社長を退いたとはいえ、私自身は今後もCEOとして全体の経営戦略決定に関与しつつ、対外折衝や各部門のサポートなども行っていきます。社内のオペレーションは、海外経験が豊富で創薬にも携わった滝野社長が指揮を執り、人財を中心とした経営基盤は辻中副社長が担当することで、グローバル戦略を着実に進めていけると考えています。

300年の歴史を引き継ぎ、オプジーボの成功を次の成長へつなげていく

2024年4月、社長COOに就任した滝野です。小野薬品が創業300年を超え、先人たちが長く紡いできた歴史を引き継ぎ、さらに世界という大きな舞台へ羽ばたかんとしているとき、社長という大役をいただいたことに、身の引き締まる思いです。オプジーボという業界を代表する製品を生み出す機会に恵まれ、その幸運の中で拡大してきた流れを、次の成長へつなげていきたいと強く決意しています。
当社は、ともすれば、オプジーボの特許切れが控えていることや、次の製品をどう生み出し、収益を確保していくのかという課題に視線が注がれがちです。実際、私たちはその壁を乗り越えようと緊張感をもって仕事に取り組んでいますが、それは見方を変えるとオプジーボの成功によりさらに大きな成長の機会を得ているとも言えます。オプジーボの成功を礎として、次の成長に向けてさまざまな準備や打ち手を創意工夫しながら取り組んでおり、当社は今、実にやりがいがあり、意気に感じて仕事ができる時期にあると考えています。

新体制のもとビジネスモデルの一大変革を強力に推進

相良会長の陣頭指揮のもと進めてきた15年間の中期経営計画がちょうど折り返しを迎えました。現在、どのようなフェーズにあるかと言うとドメスティック市場を中心に、かつ海外はパートナリングを軸としてきたビジネスモデルから、欧米自販の事業へのトランスフォーメーションを進めている段階にあります。以前は、体力不足で挑戦すること自体ができませんでしたが、ようやくこのビジネスモデル変革に取り組めるまでに会社が成長できたのだと捉えています。
また、同業他社に対して後手に回ったことがベネフィットになっている部分もあります。これまで、他社のグローバル展開の経緯をずっと見てきて感じたことは、海外には1品だけではなく、複数の製品候補を持って出ていくことの重要性が、ますます明確になっているということです。このことは、我々が現在、欧米展開を進める上で参考になっています。つまり、二の手、三の手を同時に充実させておくことも必要で、これらの施策を並行して進めていくには、今回の代表取締役3人体制が非常にフィットしていると考えます。今は、成長戦略の欧米自販を力強く推進していくための体制へとシフトを図っている段階だと言えるでしょう。

「二の手、三の手」の充実を目指して

2024年6月に買収を完了した米国のバイオ医薬品企業Deciphera Pharmaceuticals社(以下、Deciphera社)を評価した点も、二の手、三の手の充実という点にあります。1品だけの獲得ではなく、承認申請の準備段階にある2品目も見えていること、開発の早期段階の化合物も複数有していることなどが大きな理由となりました。
当社のグローバル開発における製品候補は、日本で製品化をしているONO-4059(ベレキシブル錠)、米国Equillium社からオプション権を獲得しているイトリズマブがあり、そこから少しステージが空くものの、自社創薬からの製品候補群が10プロジェクトほど開発早期段階にあります。そのアンバランスなパイプラインをDeciphera社が持つ製品および製品候補で補っていくとともに、Deciphera社の創薬能力の活用も含め当社グループの研究開発のさらなる加速を図るべく、総力を傾けて取り組んでいる状況です。これらの製品候補群を、一日でも早く、一つでも多く上市(販売)し、複数の製品を欧米で展開することで、より多くの患者さんに新薬を届けることを実現したいと考えています。

経験を活かし、グローバル展開・パイプライン拡充の最大の推進力に

当社が掲げる4つの成長戦略のうち、これまでの経験を活かすという意味でも、私自身もより推進したいと思っているのは、「グローバル展開の推進」と「パイプラインの拡充」です。中でも、グループ会社としてDeciphera社の価値を最大化することに心を砕いていきたいと考えています。現在、取り組んでいるパイプライン拡充もDeciphera社をうまく活用することで、より早くより強力に進めていけると考えています。
競合他社がひしめく中、過去の他社事例も踏まえて考えれば、海外展開は容易なものではないでしょう。しかし、決して悲観的になる必要はありません。当社は、これまでオプジーボで培ってきたオンコロジーのノウハウや、他社とのオープンイノベーションやライセンス提携に関するノウハウなどが、相当に蓄積できています。海外市場でも、当社独自の視点や関係構築を活用しながら、ベンチャー企業やアカデミアと提携することで、当社の存在意義を確立していけると考えています。むしろ、未挑戦の領域をこれから自分たちが手掛けていけるのだと、楽しみに思う気持ちの方が強いです。

「病気と苦痛に対する人間の闘いのために」が世界に浸透する日を夢見て

国内では近年、「小野薬品さんは社会にインパクトをもたらす事業をされていますね」とか「成長されていますね」と言われることが増え、患者さんに貢献できていると実感する機会が増えています。こうした状況が、今後欧米自販に取り組んでいった先に、現地でも実現することを期待しています。海外においても革新的な医薬品を創製することで、社会に必要とされる会社として認知される日が来たら、どんなに素晴らしいことでしょう。
そのためには、まず企業理念「病気と苦痛に対する人間の闘いのために〜Dedicated to the Fight against Diseaseand Pain〜」を、欧米でも実践していきたいと考えています。研究開発、製造、品質、安全性、メディカル、営業、サプライチェーン、管理機能、ガバナンスなどのすべての機能においてグローバルで活動した結果、日本やアジアはもちろん、欧米を含めた世界中の患者さんに新薬、あるいは新しい治療オプションを届けること、それが実践できているという実感を持てるような状況にしていきたい。そのことが、社員あるいは家族の誇りになるような形につなげられれば理想的だと思います。

社内の多様な力と外部の英知を活用しブレークスルーを生み出す

成長戦略を支えるものは何かというと、最終的には社員一人ひとりであり、それが会社の本質そのものであると考えます。近年、人的資本を重要な無形資産とするのも、その表れでしょう。当社で言えば、パイプラインの充実もグローバル展開も、それを実際に進めていくのは人であり、会社のベクトルを推進していくのも人に尽きます。だからこそ、社員一人ひとりが成長の機会を持てるように、会社がその場をしっかり提供していきたいと考えています。さらに成長した一人ひとりがチームワークを発揮できるよう、組織風土やカルチャーの醸成にも力を注がなくてはなりません。そういう点で、まさに「百年の計は人を植うるに如(し)かず※」という言葉を体現した会社でありたいと思います。
私自身、かつて相良会長とともにパイプラインの拡充を目指して世界中の化合物を探し回りましたが、これも会長の指揮とバックアップのもと、会社の全員で取り組んだからこそ果たせたことでした。今は多様性が組織の強さに重要な時代だと言われていますが、多様性とはボトムアップを活かすことであり、凄腕リーダーがひとりで手腕を振るうという時代は変わりつつあるという感覚を私は持っています。というのも、今の時代はさまざまな方面で専門的に発展するあらゆる情報を上手く統合することが重要になってきているからです。さまざまな分野に長けた人たちからアイデアや意見をもらわない限り、薬を創ろうにも創れない時代になっていることを考えると、今の時代のリーダーには、現場や技術を最もよく知る人たちの意見を汲み上げて、そういう人達に活躍してもらえるようにすることが必要だと思います。
また、研究開発は得てして内向きになりがちなので、意識して、外の英知を使っていかなくてはなりません。プロスタグランジンもオプジーボも、オープンイノベーションから生まれており、外部と研究開発に取り組んでいくということが、やはり当社の一番の強みとなっています。その強みをもっともっと駆使しながら、次のイノベーション、あるいは次のブレークスルーを生み出していく土壌は当社にあると確信しています。今後もそれぞれのフィールドを最もよく知る人たちのアイデアをできるだけ活かしながら、創薬やビジネスにつなげていきたいと思います。

※ 古代中国の書物『管子』が出典。原文は「一年の計は穀を樹(う)うるに如(し)くはなく、十年の計は木を樹うるに如くはなく、終身の計は人を樹うるに如くはなし。」で、生涯の計画を立てるには人を育てるのが最も良いという意味。