がん治療の常識を
超える挑戦
-オプジーボの軌跡-
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吉田 隆雄
創薬バイオロジクス研究部長
1997年に研究職として小野薬品工業に入社。入社後、京都大学 本庶特別教授の研究室との共同研究プロジェクトに参画する。その後、研究プロジェクトリーダーとしてオプジーボの研究をメダレックス社(のちにブリストル・マイヤーズスクイブが買収)とともに取り組み、がん治療薬オプジーボの誕生に貢献した。現在は創薬バイオロジクス研究部長として、近年注目されるバイオ医薬品の創薬研究に力を注いでいる。
免疫チェックポイント阻害薬「オプジーボ」は、免疫の力でがんに立ち向かう考え方を用いた新薬だ。2014年の発売から今年でちょうど10年。研究者としてプロジェクトを主導してきた吉田隆雄は「チームの一人ひとりが『患者さんに薬を届けたい』という強い意志を持ち、一つになったことがブレークスルーにつながった」と力を込める。
新たな治療の
選択肢を加えた薬
日本人の二人に一人がかかるといわれるがん。主な治療法は長らく手術、抗がん剤、放射線による三つだった。オプジーボはこれらに近年、人間本来の免疫の力を強めてがんに立ち向かうがん免疫療法という四つ目の選択肢を加えたが加わった。オプジーボはそのがん免疫療法の治療薬である。
手探りのスタート
「オプジーボを発売するまでのここまでの道のりは、苦難と挑戦の繰り返しだった。ただ、多くの患者さんやご家族を苦しめるがんに対抗したい、その一心で取り組んできた」。小野薬品入社からほどなく、オプジーボの研究で要となる特異なたんぱく質PD-1を研究していた本庶佑・京都大学特別教授の研究室との共同研究に参加し、のちにオプジーボの研究プロジェクトリーダーを務めた吉田は、振り返る。
本庶氏の研究室が、この特異なたんぱく質ががん免疫のカギになると突き止めたのは、2002年のことだ。「免疫の力でがんを攻撃できるかもしれない」。この仮説のもとで吉田ら小野薬品のチームはがんの新薬創製に取り組むことになった。
ただ、当時の小野にはこうした新薬を作る技術も設備もない。チームは様々な医薬品企業に掛け合うも「そんなプロジェクトは早く止めた方がいい」。相手をする社はどこもなかった。
訪問先は十数社に及んだだろうか、ようやく探し当てたのが、がん免疫の知見があった米国のベンチャー企業のメダレックス社だ。2005年に小野との共同研究を開始。オプジーボのもととなる医薬品候補が生まれた。
可能性をあきらめない
その先も逆風にさらされた。医薬品候補の有効性、安全性を確かめる治験をなかなか始められなかったためだ。
がん免疫療法は当時、裏付けに乏しい治療法として知られていたうえに、小野もこれまで抗がん剤を本格的に手掛けたことすらなかった。治験の協力を依頼した医療機関では「こんな薬でがんが小さくなると信じているのが腹立たしい」と非難する医師もいたほどだった。
あきらめれば、可能性は消える。治験担当の大山行也(現・オンコロジー臨床探索部長)らは、粘り強く医師に薬のメカニズムを訴え続け、治験の開始に道筋をつけた。2008年、日本でも治験が始まった。
常識にとらわれない創薬
一人、また一人。治験では、様々ながんの患者さんに参加してもらい、どの程度効くか、結果を見比べて、どのがんの薬として開発を進めていくかを検討した。
着目したのは、日本では患者数は少ないが、極めて悪性度が高く、薬の種類も限られていた希少がんだった。
「お困りの患者さんがいらっしゃるなら、新薬を届ける。それが我々の使命だ」。社長(当時)の相良暁が決断。さらに治験を重ね、2014年9月、オプジーボは世に出た。
「これまで、がんの薬を本格的に手掛けたことがなかったからこそ、『がん治療薬はこうあるべき』という先入観なく、創薬につなげられた」と吉田らチームは万感の思いでこの日を迎えた。1992年に京都大学本庶研究室がオプジーボの研究でカギとなる特異なたんぱく質を発見してから、20年以上が経過していた。
2018年には、本庶佑・京大特別教授ががん免疫療法の発見でノーベル生理学・医学賞を受賞。現在、ほかの製薬会社からも、様々な免疫チェックポイント阻害薬が発売され、患者さんに、がん治療の選択肢をお届けしている。
患者さんの夢
新薬が世に出る成功確率は約2万3000分の1ともいわれるなかで、新薬を生み出していくための原動力は何だろう。
様々な研究に関わってきた吉田。研究に行き詰まったとき、新薬のチカラを見つめなおしている。
おいしく食事ができるようになった、長年の夢を実現することできた、家族と笑顔で過ごす毎日——
世にある数多くの新薬。世界のどこかで毎日、患者さんやご家族に貢献していることを、風の便りで聞くにつれ、こう確信する。
「諦めずに挑戦し続ければ、患者さんに勇気や希望を届けることだってできる」。
常識を疑い、そして覆す。
誰もが信じることに抗うのは大変だ。
それでも私たちは、きょうも挑み続ける。
革新的な医薬品を患者さんにお届けし、
笑顔になっていただける日を目指して。